豚肉を小さな塊にして、串に刺し、衣をつけて揚げたのを串かつと呼ぶ。
豚肉以外の様々な種を、串に刺し、衣をつけて揚げたのを串揚げと呼ぶ。
纏めて串揚げと呼ぶ…大体は廉。
一串百円から百五十円…余程高価でも二百円くらゐに収まるのではないだらうか。
ちよつと落ち着くとをかしな話。
下拵への手間だの油の用意だの考へれば、もう少し高くても、文句は云ひにくい。
廉に越したことはないけれども。
玉葱、獅子唐、アスパラガス、椎茸に葱。
鶉玉子、大蒜に烏賊に蛸、烏賊、紅生姜。
牛肉や赤ウインナも忘れてはなるまいね。
要するに“串に刺せる”食べものなら、串揚げに出來るので、トマトにお餅、餃子や焼賣、挽肉詰めのピーマン(焼いた方が旨いと思ふが)、鱚に帆立に鮭も種になり得る。
要するに“これを使ふべきだ”といふ決り、線引きの曖昧さが串揚げの(奇妙な)魅力である一方、その曖昧さが、一串の値段を廉に押し込めてゐるのかと思へなくもない。
串揚げは早鮨に似てゐる。
その場で作つて、直ぐに食べることが。
一串一貫はかるいけれど。
気がつけば、満腹になつてゐることも。
麦酒、焼酎、野暮な葡萄酒。
もしかしてヰスキィだつて。
ウスター、タルタル、チリー・ソース。
醤油、塩、ぽん酢、辣油、七味唐辛子。
大蒜、生姜、檸檬。
我われが味はつたことのない酒や調味料が様々の組合せで姿を見せても、きつと受けとめてくれる…さう思はせる懐の深さが串揚げにはある。
パリ、ロンドン、ヴェネツィア。
カイロ、ムンバイ、マドリッド。
自慢の仔羊肉や塩漬け豚肉、鰯にサモンにマッカレル、馬鈴薯、玉蜀黍…何でも切つて刺し、衣と共に揚げれば、酒席は幸せな匂ひに満ちる。
ペキン、ベルリン、ブエノスアイレス。
世界のどこにゐても衣の爆ぜる音とその匂ひ、そして乾盃の聲を聞けば、円でもポンドでもドルでもペソでもマルクでもフランでも、ひよつとしてデュカートやデナリウスでも、遣ひ果して悔ひの残らう筈もない。
我が友よ、淑女紳士よ。
右手に串を、左手にグラスを。
高らかに笑はうではないか。
…ところで。
串に刺すならブカレスト。
ルーマニアと云へばヴラド三世。
と連想が働いて、併し使へなかつたと白状すると、また惡趣味だねえと呆れられるか知ら。
メフメト二世といふ英傑を得たオスマンが、コンスタンティノープルとビザンツ帝國を滅ぼした時期だから、十五世紀中頃のワラキア公である。相応に英邁だつたが、相当に苛烈な君主でもあつたらしい。最初の異名が“ドラクレア”…これはドラゴン騎士団員だつた父に因つ“竜の息子”の意。恰好いいなあと思ふのは間違ひ。欧州人にとつて、ドラゴンは忌避すべき魔物であつた。
そしてもうひとつ、奉られた渾名が“串に刺すひと”を意味する“ツェペシュ”で、トルコ兵が云ひだしたのが転化したらしい。ヴラド三世は國内の謀叛人と異教徒の兵を、容赦も躊躇もなく串刺し刑に処したから(かれの敵はオスマンだけでなかつたとこれで解る)、恐怖の対象になつても寧ろ当然であつたらう。ブラム・ストーカーが吸血鬼のモデルにしたのも宜なるかな。
それで、“ルーマニア串揚げ[ツェペシュ]”といふのを思ひついた。ルーマニアの諸嬢諸氏からも、串揚げはきつと好評を得ると思ふのだけれど、東欧の美女から
「英雄に礼を失してゐますね」
と叱られる恐れがある。モルダヴィアの葡萄酒を添へて、誤魔化せるか知ら。