閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

493 好きな唄の話~Oh!クラウディア

 古代のローマ人は個人の名前に無頓着だつた。たとへばセクストゥスを日本語にすると六郎くらゐの意味。そのくせ渾名は好きで、アフリカヌス(大スキピオ)やフェリックス(スッラ)、マーニュス(ポンペイウス)辺りは有名でせう。外にもファビウス(愚図、鈍間が転じて慎重な者)やピウス(慈悲深い者)を挙げてもいい。女性の名前はもつと無造作だつた。一門名を女性名詞化させたのが多く、ユリア(ユリウス)、コルネリア(コルネリウス)、ルクレツィア(ルクレティウス)を挙げればよからう。さう、もうひとつ。クラウディウス一門の女性はクラウディアなのだが、さて作詞した桑田佳祐は、ローマ人の名前に興味があつたものか。無かつたでせうね。

 

 昭和五十七年のアルバム『NUDE MAN』に収録されてゐるが、わたしが初めて聴いたのは同年の『バラッド』に収められた方で(イントロダクションの扱ひがちがふ)、そちらの印象が強い。何がどうと考へる前に感動した。かういふ感動はたちが惡い。その感動乃至漠然を言葉に文字に出來なくはなからうと考へを進めてもみたが、どうやつても嘘…いや嘘ではなく、無理が生じて仕舞ふ。ややこしい唄ではない。一年前の夏に別れた女を独りで懐かしむだけの内容。ただその思ひ出し方がおそろしく綺麗で、水彩画の技法を使つた水墨画のやうなモノ・クロームの映画みたいな画が浮んできて、何を云つてゐるか判らないでせう。書いてゐる本人もよく判らない。わたしの貧弱な語彙で置換するのが無理なのは確實であるから、止む事を得ないとここでは居直つておく。