閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

695 知つたこと

 夕暮れ、残照の風景が好きなモチーフである。

 と書いて不意に、そもそもモチーフはどんな意味かと気になつた。取急いでコトバンクを参照すると、幾つかの定義があつたので、わたしの責任で一部を端折りつつ紹介する。

 

https://kotobank.jp/word/%E3%83%A2%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%95-142466

 

A)芸術的創作活動の動機となるもの。特に、作品によって表わそうとする中心思想や主題をいう。

 美術においてはさらに、描写する対象をさす場合、作品を構成する単位となる特定の人物などの姿勢、形をさす場合、単に作品の構成要素であるひとかたまりの形の要素をさす場合などがある。

 

B)主題、主調、主想。

 絵画、彫刻、文学、音楽などの分野で、創作の動機となる作者の内的衝動のこと。

 創作活動では、ある素材をもとに一つの主題を確定し、筋立てをたてることにより、作品の骨格ができあがる。

 このとき、素材から主題を導き出す創造的衝動をモチーフということができよう。これが作品の明白な基調となって表現される。装飾的美術では主調となって繰り返される模様のことであり、音楽では、一つの楽想をつくりだす短い旋律であり、楽節を構成する基本的単位である。

 

C)芸術用語。芸術作品を構成するうえでの基本的な単位ないし作因をさす。

 テーマとあまり区別なく用いられることもあるが、主題が作品全体を統一する多かれ少なかれ文学的、物語的性格をもち、テーマがこうした主題をどのように扱い、表現するかという作者の態度、方法とかかわり合っているのに対し、モチーフは作品を形成する個々の単位をさすことが多い。

 

 …A)もB)もC)も、漠然としてゐますなあ。

 藝術乃至美學的な用語だから、やむを得ず事を得ないのは解るとしても、もう少し何とかならんですかと云ひたくもなる。推測するに、どうやら本人の内側にあつて、何かしらに対して感じ、或は沸き起り、また思考もする藝術的な何事かを指すらしい。モチベーション(こつちは藝術とは関係の無い、行動の切つ掛けくらゐの意味だが)と語根が近いのだらうか。その辺りは兎も角、"残照が好きなモチーフです"と云ふのは、A)にもB)にもC)にも当て嵌らないのだなと解つたのだから、収穫であつたと云つていい。

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 では残照の風景を好む心情を、藝術的、また美學的な用語で云ひあらはせないかと、さういふ疑問が浮ぶ。いや別に好きな風景であり、時に被冩体であり、叉肴でもあるのですと云へば済むし、また一ばん正確だらうとも思ふのだが、もつとかう、スマートで恰好の附く云ひ廻しはないものか知ら。

 尤も見つかつたとして、その通り丸太に適つてゐると云つてもらへる保證は無い。仮に云つてもらへても、その後解釈が拡がり異なつてくる可能性は大きにあつて、バロックを思ひ出したら解るでせう。バルバロイ、バルバーリに遡れる言葉で、元來は野蛮や粗々しさを示してゐたのが、今ではまつたく異なる語感になつてゐる。さうかう考へたら寧ろ

 「いやあわたし、夕暮れ残照の時間が好きでしてねえ」

 「眺めて飽きないし、撮つてもいい。その上肴にまでなるんだから、素晴しいと思ふですよ」

さう笑ひ飛ばして済ますのが、この際正しくも思へてくる。その嗜好、感情、気分をスマートで恰好の附く云ひ廻しに纏めるのは、美學者か辞書の編纂者の知つたことである。