閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

706 曖昧映画館~水戸黄門漫遊記 怪力類人猿

 記憶に残る映画を記憶のまま、曖昧に書く。

 

 YouTube東映EXTREMEチャンネルといふのがある。そこで、期間限定での公開時、何の予備知識も無しに観た。題名に惹かれたからなのは、云ふまでもない。水戸の老公と類人猿(然も怪力)の組合せですよ。酷い題名だが、観たくならない方が、どうかしてゐる。他國でこんな題の映画…アーサー王と怪力類人猿や項羽と劉邦と怪力類人猿…はとても撮れないだらうな。ジャンヌ・ダルクと怪力類人猿ならちよつと、観てみたい。

 

 話もまた酷い。一応は宇都宮城の釣り天井伝を筋の中心に置いてはあるものの、事件は元和八年に起きてゐて、ご老公は六年後の寛永五年に生れてゐるから、この時点で設定が破綻してゐる。更に云へば惡役兼女主人公は、話の始まる前に改易された福島正則の姫君で、徳川に恨みがあり、将軍暗殺を目論んでゐるのだが(改易から釣り天井の時系列はあつてゐる。但し正則の死去は釣り天井の一件の二年後)、この映画での将軍は五代綱吉である。徳川の治世は安定期に入つてゐて…いやもう止めませう。近い時期の面白さうな伝説を幾つか混ぜて、筋立てをでつちあげたにちがひない。

 それより酷いのは、副題でもある"怪力類人猿"がゐなくても、映画の筋が進められることで、老公の一行と類人猿が絡むのは、前半にほんの少し、あしらはれただけである。その怪力類人猿の正体までは触れない。種はあつさり割られてゐて、それがまた時系列をまつたく知らないか、考へてゐないのでなければ、無視を決め込んでゐるものだとは云つておかう。いい加減もでつちあげも、ここまでくれば怒れないし、苦笑も失笑も浮ばない。月形龍之介といふ大スターを起用してこれだもの。当時の日本映画界は妙な具合に沸騰してゐたのか…怪作『宇宙人東京に現わる』や、傑作『空の大怪獣 ラドン』も同じ年の公開…と思ふ。

 

 さうさう。この映画に劇場公開は昭和卅一年。漫遊記は同年に續けて、"怪猫乱舞"と"人喰い狒々"と"鳴門の妖鬼"も公開されてゐる。詰り当つたのだらう。凄い時代だつたのだ。