閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

721 好きな唄の話~番外篇

 大の無精者にとつて朝、布団から這ひ出るのは、一日の最初の、もしかすると最大の困難である。なので音樂のちからを借用して、どうにかその気になれないものかと思つた。

 

 先づ浮ぶのは映画音樂ですな。『スーパーマン』(クリストファ・リーヴ版なのは云ふまでもない)、それから『ロッキー』のメイン・テーマを挙げて、異論は出まい。どちらも非常にドラマチックで、終るのと共に立ち上らざるを得なくなる。『ロッキー』のテーマを撰んだ朝は、(頭の中で)"エイドリアーン"と叫ぶのがこつ。

 

 テレ・ヴィジョンからは『大江戸捜査網』のテーマ曲を挙げねばならない。こちらはドラマチックといふより、一ぺんにクライマックスがやつてくる感じがいい。次々と名乗りを上げる隠密同心を思ひ浮べ、"同じく、丸太花道"と呟きたいところだが、かれらは、死シテ屍拾フ者ナシ、なので、用心を重ねる必要はある。

 

 併し寒さでなく身を震はせ、起き上らせるのはクラッシックが最良ではなからうか。朝だから全曲は聴けないけれど、盛上る箇所を撰べばよい。エルガーの『威風堂々』、ボロディンの『韃靼人の踊り』を挙げれば、成る程さういふことねと、膝を打つてもらへると思ふ。変り種が好みなら、ラヴェルの『ボレロ』から最後の三分くらゐを抜く手もある。

 かうやつて例を出す以上、本命があるのだなと推測するのは正しくて、ヨハン・シュトラウス一世の『ラデツキー行進曲』がそれである。ウィーン・フィルの新年コンサートで掉尾を飾るマーチと云へば、あのメロディかと頷くひとは多からう。花やかで軽やかで實にいい。まさか我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の中に、貴族で軍人を讚へる曲なぞ怪しからんと腹を立てるひともゐないでせう。勇壮な気分で体を起し、珈琲を飲むのに、よく似合つてゐる。