閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

752 祟りぢや

 室谷信雄といふ喜劇役者がゐた。吉本新喜劇のひと。おつむりが少々さみしくなつたのを種に

 「祟りや…玉葱の祟りや」

と嘆くのが名物で、平参平の"あーほー"や、桑原一男の"神さま"、原哲男の"だれが河馬やねン"と共に、ある年代の大坂で少年だつた、詰りわたしのやうな男には懐かしい。

 知つたのは後年だが、室谷は大坂泉佐野の出身。泉佐野は玉葱の産地。成る程、話がすつきりと繋がる。探偵が犯人を突きとめた時も、こんな気分になるんだらうか。

 それはさて措き。

 玉葱は旨いですな。

 スターダスト・レビューは、ブラック・ペパーをたつぷり使つたオニオン・ソップを自慢する歌を唄ひ、斉藤由貴が、恋人にすげなくされた嘆きを託すくらゐの野菜でもある。

 その玉葱、(肉)野菜炒めに欠かせないのは勿論、カレーを煮る時に入れないなど、想像も六づかしい。偶に足を運ぶ廉な呑み屋では、串にしたフライがある。ウスター・ソース。我が儘を云つて、味つけぽん酢で出してもらふこともある。酎ハイに適ふ。

 以前、大坂は梅田のビア・レストランで食べたフライを思ひ出した。大振りなのを丸々一個(一玉と数へるのか知ら)、切れ目を入れて揚げたやつ。花が開いたやうな形で出されたのを千切つて、マスタードで食べたと記憶してゐる。分量が多すぎたのを除けば、麦酒に似合ふ旨い摘みだつた。

 画像について触れておく。品書きには確か、"玉葱のロースト、肉味噌乗せ"とかあつたと思ふ。塩胡椒(それとおそらくバタ)で焼いた輪切りの玉葱に、甘辛い肉味噌。この時は葡萄酒にあはせた。洋風なのか和風なのか判然としないのが佳くて、腰の強いお酒にも適ふだらう。

 詰りわたしには、ローストだけでなく、肉野菜炒めやカレー・ライスや酢豚やフライや何やかやと、玉葱を貪つてきた経緯がある。その所為なのだらう、この数年でこちらのつむりにも、祟りが降りてきてゐる。本当ならそれで"玉葱の祟りや…"を受け継ぎたいのだが、残念なことにわたしは、喜劇役者の素養を持合せてゐない。