閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

753 本の話~記されぬ人びと

『エーゲのタタール

G.マスペッロ(著)/河内明美(訳)/明民書林

 

 三千年余り前の東地中海。

 有名人の名を挙げると、エジプトのファラオ・ラムセス二世の統治から、百年かそこら過ぎたくらゐの頃(ユーラシアの東端に目を向ければ、大陸では殷朝の後期。我が日本は未だ縄文期)、エジプトとヒッタイトが勢力を誇つてゐた地域に割り込んできたのが、"海の民"と呼ばれる集団だつた。

 当時から"海の民"と呼ばれてゐたわけではない。十九世紀に入つて、ある考古學者が仮にさう呼んだのが、定着したのである。この集団は(陸地経由だけでなく)海上からやつてきたらしいから、適切な名附けと云つていい。

 尤もその"海の民"集団が何だつたのかは、丸で解つてゐない。特定の民族でなかつたのは間違ひないが、國家とは呼べず、宗教的な集りだつたとも云へず、そもそも組織されてゐたのかどうか、まことに怪しい。造船と航海の技術に長け、戰に強かつたのは確實である。かれらはヒッタイトが獨占してゐた鐵器を奪ひ、大小の文明群を打ち毀し…いつの間にか歴史に融けるやうに姿を消した。

 

 何故だらう。

 著者(本業は小説家)はタタール…モンゴルの騎馬帝國が、ロシヤから東欧にかけての広範な地域を、散々に踏み荒らした歴史を引合ひに、推測を進める。率直なところ、無理やりだなあと感じる箇所は少からずある。ことに"海の民"の船とモンゴルの馬の比較は、似た部分があるのは認めつつ、強引に過ぎませんかと云ひたくなる。一方で小説家だから許される奔放な空想は、生眞面目な考古學者が目にしたら、鼻で笑ふか、それとも怒髪天を衝くか、どちらだらうと思ふのは、少々意地の惡い讀み方か。

 翻訳は生硬な部分も散見されるが、中々頑張つてゐる。但し訳註の入れ方が不親切なのは(どの辺の讀者を想定してゐるのか知ら)感心しない。それに三千年余り前の地中海文明圏は、我われに些か馴染みが薄い。大掴みに俯瞰する為の簡易な年表や地図を用意してもらひたかつた。"海の民"といふ記されぬ人びとが櫂を漕ぐ音を聞かすには、それくらゐの手間を掛けても、損にはならなかつたと思ふ。

 

 

 

 

 

 …といふ本はありません。

 海洋人と騎馬人は似たところがあるんではないか。

 ごく漠然とさう思つたのですが、根拠があるわけでなく、比較する能力にも欠けてゐるので、この際、話の種にしてみたのです。