閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

879 餃子の話

 ある日突然、[王将]の餃子が食べたくなった。

 なので出掛けた。

 [王将]は"餃子を摘みに麦酒を呑む場所"である。

 だから食べるタイミングが六つかしい。

 おれにとっては、だが、そう云い切っても、わりに同意を得られると思う。

 

 その衝動を感じたのは、休日の午后遅くで、それは幸運だった。晝めしはとうに済ませ、晩めしには早い時間帯こそ、[王将]の餃子に似つかわしい。出不精のおれが出掛けたのには、そういう事情がある。

 「餃子を二人前、それから麦酒」

席に着いて口にするのはそれだけ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、無愛想と云う勿れ。

 コーテルリャンガーとか何とか、[王将]獨特の註文を通す掛け聲も久し振りだと思いながら卓を眺めると、以前にはあった餃子のたれや辣油、醤油、酢の壜や小皿が見当らない。色々の背景があるのだな、きっと。

 先に麦酒が出たので、一口二口呑みながら待つと、間もなく袋入りの辣油を添えた小皿、たれの壜に續いて、二人前の餃子が登場した。

 實に安っぽく、(またそれが)旨そうである。

 小皿にたれをざぶざぶ注ぎ、餃子をどっぷりと浸してかぶりつく。うまい…が、記憶よりたれの酸みがきつく、ぽん酢に近い感じがする。配合を変えたか、こっちの舌が変ったのか。何年振りかの[王将]だから、はっきりしない。

 麦酒を煽ると、これがまた宜しい。斯くあるべしと思い、併し何が"斯くあるべし"なのか。

 一人前分を平らげてから、たれを追加し、袋入りの辣油を垂らす。濃い…というか、刺戟のある味は、後廻しにするのが望ましい。序でに云えばお酒を呑む時も、淡泊から濃厚に進むと、味のちがいが解りやすくなる。

 コーテルリャンガーを平らげ、麦酒を干したので、速やかに席を立った。[王将]はいつの間にか混雑している。食べるタイミングが六つかしい筈の餃子を、まことに具合のいいタイミングで食べたことに満足した。