胡瓜とは幼少の頃からお馴染みである。
サラドや塩揉み、酢のものにお漬物で食べてきた。
原産地はインド周辺らしい。
胡ノ瓜の字面で、イランの辺りかと思つてゐた。
日本に傳はつたのは平安の頃といふから、この國でも千年前後の歴史を持つてゐる。
正直なところ、特段にうまい野菜とは云へない。
歯触りと青臭さが胡瓜の魅力で、それ自体の味を、どうかう云ふのは六つかしさうに思ふ。
胡瓜と云へば、英國の紳士諸君は、紅茶のお摘みにキューカンバー・サンドウィッチを食すると聞いたことがある。伊丹十三のエセーにも書いてあつた。薄切りの胡瓜を乗せ、塩を振つたのを、バタ附き麺麭で挟むのださうで、何とも貧相な感じが、"霧の"ロンドンに似つかはしい。ベーカー街の名探偵や冒険家の教授が好んだといふ話は、聞いたことがないが、ドイル卿の好みではなかつたのだらうか。
胡瓜と蛸と若布の酢のものもある。蛸もまた、それ自体の味はひを云々する食べものではないけれど、この組合せは實にうまい。調和の意味を知りたければ、上手が作つた酢のものを摘むのが最良かと思はれる。尤も"上手が作"つた酢のものを摘むのが、中々の難題で、これはお酢の調へ方に尽きるかららしい。べたりとあまかつたり、無闇に酸つぱかつたりだと、舌と鼻がそつちにつられてしまふ。塩梅の宜しきを得たお酢と胡瓜がまた似合ふ。
さう云へば西洋にはピックルスがあつた。ピーマンやパプリカ、セロリー、トマト、玉葱と並んで、苦瓜のピックルスも旨い。だとしたら胡瓜のピックルス…酢漬けも旨にちがひない。オリーヴ油に漬けた蛸とあはせて、バタ附き麺麭に挟み込めば、新種のキューカンバー・サンドウィッチ(酢のもの風)が成り立ちさうな気もしなくはない。ギネスを呑めばいいのか、濁酒が好もしいのか、その辺りの検討がつきかねるのが問題だけれど。