閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1011 丸太花道、西へ

 西上碌の外題は毎回、同じである。

 『ウルトラセブン』の「U警備隊、西へ」…神戸の港を舞台に、キングジョーこと、ペダン星人のロボットが登場する前後篇…を盗んだ。セブンには、秀逸な題が少からずある。第一話の「姿なき挑戦者」から、既に恰好いいもの。

 セブン本篇と私に共通するのは併し、"西へ"の部分に限られる。ウルトラ警備隊の面々は、ウルトラホークで颯爽と西へ飛び、こちらは東海道新幹線の乗客になる。果してどちらが、スマートか知ら。

 

 とは云へ、我われの地球星では、宇宙人の侵略が無く、よつて地球防衛軍が無く、詰りウルトラ警備隊も無く、従つてウルトラホークが飛ぶこともなく…いや神戸港の平和を、喜ぶべきですな、ここは。

 神戸港までは、行かない。

 降りるのは新大阪驛。東海道新幹線も、新大阪驛着が望ましい。新神戸驛なら兎も角、岡山や広島、博多驛まで乗り過す危険を冒さない為で、過去に失敗したわけではないが、危険を"予メ防グ"のが、予防ではありませんか。

 

 師走廿二日、金曜日。

 早上りの帰り、散髪に行つた。散髪といつても私の場合、バリカンをあて、丸坊主にすることで、散髪屋の親仁に

 「帽子をかむらなきやあ、風邪を引きますよ」

と云はれた。確かに些か頚すぢが寒い。帰宅の後、呑みながら鞄の用意。GRⅢとそのアクセサリ、高橋書店の手帖(令和六年用の"リシェル")、AQUOSで使ふケイブル、財布と小錢入れと煙草とライター。東海道新幹線で呑む麦酒や葡萄酒、お摘みと大坂へのお土産は、当日に贖へばよい。

 

 翌廿三日、土曜日。

 外が昏い内に目が覚めた。かまふまいと思つて起き出したら、早朝の空気が冷たかつた。丸坊主の所為かも知れない。珈琲とトースト。明るくなつてから、洗ひものと洗濯を済ませた。時計を見ると、午前十一時近くだから、少々驚いた。所作の我ながら、如何ににぶいことか。呆れつつ家を出た。

 途中で麦酒と葡萄酒、それから東海道新幹線の指定席…予定より早く家を出たから、早めの第五百十三ひかり號…も買つた。買つてから、このひかり號が岡山行だと気がついた。危険を"予メ防グ"為にも寝過ごしてはならん。中央総武緩行線、新宿驛で中央線快速に乗り継ぎ、東京驛まで。

 

 東京驛は西上東下の折りにしか使はない。だからいつもさうなのかは知らないが、車輪の附いた莫迦ばかしい大きさの匣を、ごろごろさすひとが多くてうんざりした。外ツ國の観光客なら兎も角、さうでもなささうな人びとが、ああいふ匣を常用する事情があるのか知ら。

 それは兎も角、空腹を感じた。お腹に入れたのは、普段よりも早い時間帯に食べたトースト一枚である。腹が減つたところで無理はない。土産を買ひ、お弁当を買はうとした時、棚に[井筒ワイン]を見つけた。

 「新幹線…特別急行列車内で呑む葡萄酒」

とは、私の中での大きな課題で、色々思ふこともある。何をどう色々思ふのかは、別の機會に譲るとして、井筒なら間違ひはあるまい。試す積りで買つた。

 

 十五番プラットホームに、我が第五百十三ひかり號が入線した。世界に冠たる清掃を待つて乗つた。このひかり號は、新大阪驛までに、品川、新横浜、三島、静岡、浜松を経て、名古屋、京都の順に停車する。新大阪驛を發車した後は、岡山驛まで各驛に停るさうだから、危険を"予メ防グ"ことが叶はなくとも、酷い目にあふ心配は少からう。

 六號車の私の席は通路側で、窓側には(一応)ボーイッシュななりの、(元)お姉さんが既に坐つてゐた。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には、括弧書きを無視してもらひたい。卓を降ろし、お弁当を出した辺り…奇しくも隣席のお姉さんも、同じ動きだつた…で、我がひかり號は恙無く東京驛を發車した。

 新横浜驛に着到する前に、"おめで鯛めし幕の内瓣當"、即ち私が買つたお弁当の蓋を開けた。ぱつと見て、残念な感じがされた。どこの何がどうとは云ひにくいんだが、どこかの何かがかう、しつくりこない。口にしたら、ごはんもおかずも、まづくなかつたのに。旨いかさうでないかと、気分に適ふかどうかは、別ものであるらしい。

 三島驛で白人のカップルが乗つてきた。卓を倒して、女性がお弁当にするのだらう、小さなパックを乗せた。通路越しに散らちら見ると、玉子焼きとおにぎり、鶏の唐揚げのセットらしい。女性はお箸を上手に操つて、その玉子焼きだの唐揚げだのを頬張つた。その操り方は私よりぐつと巧みで、何とも気耻づかしくなつた。

 さて。井筒の葡萄酒。ラベルを見ると、信州塩尻産メルロを用ゐた、令和四年ヴィンテージと判つて驚いた。

 この手の葡萄酒は大体、ヴィンテージの異なる幾種かをブレンドするのが常で、それは別に責められることではない。ブレンドは要するに、味はひを均し、多く出荷する技法である。従つて批評するなら、ブレンドの上手下手が焦点の筈であり、その辺りの事情は、ヰスキィもお酒も同じである。

 さう思つてゐたところに、たつた七百円足らずの壜に、産地と品種を明快に示してゐたから、驚いたんである。然も蓋を覆ふやうに、プラスチックのカップまで附けて、[井筒ワイン]は親切な醸造所と云つていい。メルロにしては、穏やかな口当りだつたけれど、呑み易さを重んじた調へ方をしてゐるのだらう。チーズを摘み、ちまちま呑み干した頃、第五百十三ひかり號は、"間もなく京都驛"に着到すると判つた。慌てて降りる用意をしながら、我らがウルトラ警備隊は、西へ向ふにあたつて、かういふ樂みと慌ただしさは持てなかつたらうなと思つた。いい気分になれた。