閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

988 ふはふは

 霜月になり、そろそろと西上に就て、考へ出した。例年なら、"ぷらっとこだま"を買つて、"居酒屋 こだま號"を運行させるけれど、調べたところ、その"ぷらっとこだま"が、インターネット上の販賣、且つ支払ひがクレジットカードのみとなつてゐたから驚いた。私はクレジットカードを持つてゐない。だから贖入出來ない。腹立たしい。尤も今のうちに判つたのは、幸運と云へなくもなくて、詰り経路を検討する時間に余裕がある。

 

 東京大坂間に限ると、最速は飛行機だと思ふ。私の場合、羽田伊丹が望ましいが、羽田發の廉な便に乗ると、着が神戸になることが多い。大阪市内への移動には、ある程度の時間がかかつて(伊丹着でも同じと云へば同じなのだが)、結局新幹線と変らない。何の為の飛行機なのか、となつてしまふ。却下せざるを得ない。

 廉価の一点に絞るなら、高速バスであらう。但し新宿發車から大阪驛着で、休憩を含めて、ざつと八時間を要するのは気に入らない。高速道路の混雑具合を見越してゐるのは解るとして、發着時刻が中途半端なのも、矢張り気に入らない。異なる時間帯に、異なる路を行き、異なる景色が窓に映るのは、愉快なのだけれど。

 東海道を西に上る経路としては、本線を使ふ手もある。二へん、乗つた。最初は東京を午前七時に發車する静岡行きの急行。今はもうダイヤグラムに存在しない。静岡から各驛停車や快速に乗り継ぎ、名古屋からは、近鉄特急に乗つて、上六に出た。二度目は東京から大阪まで、各驛停車だけで動いてみた。一日では無理だと思つたので、名古屋で一泊した。新幹線を使ふより余程たかくついた。後悔はない。

 併しもう一ぺん、東海道本線で大阪まで揺られたいかと訊かれたら、返答には詰る。(特別)急行列車を挟み、一泊か二泊するなら、惡くないとは思ふが、泊りの予約だの何だのを考へると、樂みより面倒が先にくる。そもそも今の東海道本線に、急行列車が走つてゐるのか、どうか。疑念は兎も角、我がわかい讀者諸嬢諸氏よ、時間の無駄遣ひは、今のうち、存分に堪能しておき玉へ。

 

 さうかう考へると、東海道新幹線の乗客になるのが、手間と支出の均衡が取れる撰択らしいと判る。さうかう考へなくたつて、判るだらうと云はれたら、その通りである。ではあるが、当り前と思つてゐることを、改めて確めるのだつて、大切ではあるまいか。

 のぞみ號は速い。

 こだま號は遅い。

 ひかり號は停車驛によつて、のぞみ號寄り、こだま號寄りとなる。

 速ければいい…と断じてよければ、のぞみ號である。この場合の新幹線は、速やかな移動の手段であつて、新幹線の乗客が求める大部分は、この点に収まると思はれる。高速鐵道に対する、合理的な慾求と云へる。

 一方、新幹線に乗ること自体が、目的になることもある。それが"居酒屋 新幹線"であつて、この場合、"新幹線の車内で、酒肴をやつつける余裕のある"速さが望ましい。私は分別のある男だから、"居酒屋 新幹線"を開くのは、新横浜か小田原を過ぎてから、名古屋を出る辺りまでと決めてゐる。その間に罐麦酒を二本か三本、葡萄酒を半壜、お弁当とちよつとしたお摘みを、(途中でうつらうつらしつつ)平らげたい。さうなると、のぞみ號の速さは、負の條件に転じる。

 そんなら、こだま號で決まりだ、と考へるのは早計で、旧國鐵の正価だと、こだま號とひかり號は、同じ運賃なんである。いきなり生臭な話になつたが、運賃だつて見過ごせないのは、改めるまでもないでせう。正価の概算で、自由席なら一万四千円、指定席で一万五千円、グリーン車を奢れば二万円くらゐ。

 

 繰返すと、私は速度に重きをおいてゐない。一万五千円乃至二万円で得られる時間… "居酒屋 ひかり號"と"居酒屋 こだま號"…のどちらの樂みが大きいか、悩ましい。時間を無駄に遣ふとしたら、こだま號のグリーン車が魅力的だし、五千円のちがひを車内の呑み喰ひに充てて、ひかり號の指定席に坐るのもいい。要するに今の時点では、結論を出さず、ふはふはした迷ひに浸つてゐる。経路を検討する時間に余裕があるから出來る、贅沢とこの場では云つておかう。