閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1023 ロジカル湯麺

 寒いのはきらひである。

 暑いのはにがてである。

 どつちかを撰べと云ふなら、寒い方がいい。厚着して、熱い珈琲でも緑茶でも、啜つたら、何とかなるが、暑いと麦酒をあふるしかない。麦酒は寒くてもうまい。となれば、寒さに軍配を上げておかうとなる。どうです、ロジカルでせう。

 とは云へ寒さは、椎間板ヘルニアを抱へる男(私のことだ)の大敵でもある。からだの中のあぶらが、ねばつこくなり、動きがにぶる。それでも仕方なく体を動かすと、猛烈な腰痛に襲はれることがあり、あれは何といふか、我慢ならない。

 そこで体を暖めるのは、寒い頃に欠かせなくなつて、たとへば豚汁や粕汁を食べる。或はお燗酒を嗜む。必要に応じたお酒なので、多少過ごしたところで、おれはだめな男だと思はずに済む。如何です。これも叉、ロジカルでありませう。

 何の話だつたか知ら。

 さう。体を暖めるのは大事といふことでした。寄せ鍋や水炊きが一ばん好もしいけれど、獨居老である私にとつて、気らくに食べるのは中々六つかしい。續くのは饂飩や蕎麦の類で、湯気の立つ丼に顔をつつこむのは、冬の樂みといへる。

 そこまではロジカルとして、いきなり湯麺が登場したから驚いた。品書きには"あんかけ黑醤油生姜湯麺"とあつた。黑醤油は兎も角、あんかけと生姜は好物である。註文しない手はない、といふロジカルな判断により、註文をして待つた。

 黑醤油と銘打つたくらゐだから、確かに黑い。

 併し湯気は塩つぱくない。

 ソップを啜る。見た目よりからくない。

 麺を啜りこむ。これも穏やかな味はひ。

 予想外であつて(もちつと濃厚な口当りを想像してゐた)、その予想外を、豪傑振りの大旦那のやうだと云つたら、訳が解らなくなる上、ロジカルとも呼べなくなる。

 併しうまい。

 うまいのは結構として、どうも腑に落ちない。

 あんかけとあり、生姜ともあるのに、その感じがしない。これでは色濃い醤油の湯麺である。品書キニ誤リアリ、ではないか。さう思ひながら白菜を摘んだら、不意に熱いあんが口の中にやつてきた。もやしを齧つたら、生姜の辛みと香りが舌に乗つてきた。

 おお成る程、味はひの変化を樂む趣向かと考へた。それから、もしかすると、最初にざつと混ぜるべきだつたかと、思ひなほした。併し黑醤油とあんかけと生姜をそれぞれ樂み、あんかけ黑醤油生姜の混ざり具合に到る方が好もしい。カレーとライスと福神漬け、牛丼と紅生姜と生卵を思へば、ロジカルな態度と云へるでせう。

 そこまではいいとして、麺もソップも具も、残り少い。綺麗に平らげ、寒さに温かな麺料理を撰んだのは、まことにロジカルな対処だつた、腰のあぶらの粘りが溶けた気がすると自讚した。それから、うまい湯麺に、ロジカルは似つかはしくない単語だなあと思つたが、遅いだらうか。