閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

862 品の惡いハムカツの話

 廉で旨いハムカツは好物なのだから仕方がない。

 分厚すぎるハムはいけない。ハムカツの主役は寧ろ衣であつて、その衣に肉の香りと味はひ、歯応へを与へるのがハムの役割である。だからハムは必要だけれど、必要以上の存在感があつてはならず、この辺は厨房のひとが頭を悩ませるところではなからうか。こんなことを云つたら

 「たかだかハムカツ一枚に」

と冷やかに笑ふ向きもあるだらうが、たかだか一枚のハムカツに気を配れないひとが、とんかつや鯵や海老のフライに気を配れるとは思ひにくい。神は細部に宿り賜ふのだ。

 揚げたてのハムカツが目の前に出される。

 辛子を塗る。

 ウスター・ソースをたつぷりかける。

 衣が潤びるのを待つ。

 これがハムカツを食べる時の正しい順序である。私はさう信じてゐる。一般論として、カツレツやフライの衣は、さくさくとかざくざくとか、そんな擬音で表せるのが好ましいとされてゐる筈なので

 「折角の衣を潤びさすなんて」

猛烈に非難されさうである。一般論としてはその通り。異論の余地は無い。但し一般論には例外がつきものでもあり、ハムカツはそちらに属する。何故なのかと訊かれたら、漠然とさう思へるとしか云へないのだけれど、さう思へるといふ部分に同意する讀者諸嬢諸氏もをられると期待したい。

 辛子とウスター・ソースで潤びた衣のハムカツには、余分な味をつけてゐない酎ハイが似合ふ。さういふ品の惡い食べ方こそ、ハムカツの本領が發揮される瞬間なんである。