閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

754 好きな唄の話~ハレルヤ

 泉谷しげると云へば不良爺である。

 それも青臭ひ不良爺。

 ほら、"新しい"思想とやらに、うつかりかぶれた若ものがゐたでせう。かれらを纏めて煮込んで、出來あがつた人物像が、そのまま爺になつた感じがする。

 多くの…殆どの場合、現實のさういふ人物は、自身の毒に冒され、腐臭を放つてゐるものだが、泉谷にその惡臭は感じない。雄叫びをあげる自分を、莫迦だなあと冷やかに眺める視点を持つてゐる所為だらうか。

 

 ブルートゥスの演説を聞いたカエサル曰く。

 「かれが何を云はんとするのかは解らなかつたが、かれが強く、何かを云はんとしてゐるのは解つた」

これ以上痛烈な演説の批評は無いと思ふが、泉谷にも似た印象を感じて仕舞ふ。併しカエサル殺しの首謀者は知らず(何しろ演説を直かに聞いたわけではない)、"節度を持つた乱暴者"(古舘伊知郎曰く)の叫びには

 「それだから、いいのだ」

と手を拍ちたくなる。かれ泉谷の中にはきつと、云ひたいことが明瞭にあつて、併しそれを直截に顕すには、己の持つ冷やかな視線に対する照れが強すぎるから、それを咆哮で誤魔化してゐるのではないか。いやそれは泉谷に礼を失する云ひ方で、寧ろ

 「おれはおれの言葉で叫ぶ。お前たちは勝手に理解でも解釈でもしやがれ」

さう嘯いたと考へたい。その方が、未だ幼年期の終りを知らない、不良爺に似つかはしい。