閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

790 本の話~第壱號カルテ

『カメラバカにつける薬』

飯田ともき/インプレス

 漫画である。この手帖には"漫画の切れ端"といふカテゴリもあるのだが、あつちで取り上げるのは旧作だから、"本の話"で扱ふことにする。

 知る限り、同人誌發。今はデジカメWatchといふWebサイト、それから紙媒体の『デジタルカメラマガジン』に掲載されてゐる。わたしはデジカメWatch版で知つた。金曜日の更新は毎週の樂みである。

 この漫画は雑誌からの抜粋と、新たな描き起こしで構成されてゐる。カメラやレンズの新製品を話題にしてあると、どうしたつて時間の経過でその話題が古びてしまふと判断したかららしい。わたしが編輯者だつたら、寧ろその時間差を面白がるんだが、それは云ふまい。

 

 患者と医者(患者からは医者どのと呼ばれてゐる)とナースさんを主な登場人物に、カメラ内科を主な舞台に幾つかのエピソードが、一応は患者の入院から退院(し損ねた)まで、断片的に描かれる。

 云つておくと、シリアスを期待しては、酷い目にあふ。何せカメラ内科…カメラ外科があつたら、修理と改造のどちらになるのか知ら…だからね、どこか何か、可笑しい。作者はその辺をはつきりさせる為だらう、男性と思しきキャラクタは、(主役衆の一端を担ふ患者も含めて)文字通り、記号化され、そのカメラ・オタクつぷりも記号的に誇張されてゐて、何といふか、身につまされる。

 

 先に触れた通り、刊行時点での最新機種や現行機種の名前は慎重に省かれてゐる。固有名詞に広げても、はつきり書かれたのはフジのコンパクト・デジタル・カメラ(但し旧式)を例外に、ズミクロンとエルノスター、カール・ツァイスニコン。後はベルテレ博士くらゐか。

 またデジカメWatch版ではお馴染みのキャラクタたちも明確には登場しない。"ライカ警察"と"ツァイス信者"は(明言されないまま)、ナースさんの友人として登場するが、おりんさんも松下ルミ子もニッコールちやんもシグマの教祖もペンタキシアン兄弟も姿が見えないのは(本に纏めるには、権利だとか何だとかのややこしい問題があるんだらうな)、矢張り残念な気分にはなる。

 

 尤もこの本とデジカメWatch版とデジタルカメラマガジン版、更に目を通してゐない同人誌版は、同じ"カメラバカにつける薬"でも、ちがふカメラ内科で処方される…いはばパラレルな藥の可能性はあつて(デジカメWatch版では"患者"の奥さんが姿を見せた回があつた)、マルチバースにそれぞれのカメラ内科が在り、"患者"と医者どのとナースさんがゐると思へば納得もゆく。

 

 今後きつと第二巻の企劃も進むだらうから、その日の為に幾つか註文を附けておく。

 

 ・連載版をそのまま残してもらひたい。

 ・掲載時期の新機種などの話題を入れてもらひたい。

 ・デジカメWatch版、ことにシリーズ形式になつたのを再掲させれば、なほ望ましい。

 

ことに大事なのは二番めの條件。先づ周辺の事情を入れ込めば、カメラとレンズを軸にしたクロニクル…訂正、治療記録が成り立つ。更におれはあの時、買ひそびれたと呟くとか、手元のカメラやレンズが案外古いのに驚いたりとか、手に入れて直ぐにデートで大活躍したのを懐かしむとか、讀者それぞれのクロニクルが、マルチバース…訂正、カメラ内科病棟の膨大なカルテ群を造ることにもなる。この本はその第壱號カルテと呼ばれるだらう。