『スター・キング』
エドモンド・ハミルトン(著)/井上一夫(訳)/創元推理文庫
復員兵のジョン・ゴードンは、ニュー・ヨークの保険會社に勤めてゐる。勇敢なパイロットだつたかれは、ある夜、眠りにつきかけた時、自分の名を呼ぶ聲を聞く。
ザース・アーン。中央銀河系帝國の第二王子である。政治には興味を持たない優れた科學者であり…ジョン・ゴードンに呼びかけた人物はかれであつた。
両者を隔てるのは廿万年といふ時間。
その想像も六づかしい隔絶…ちなみに云ふ。現代から廿万年を遡ると、ホモ・サピエンスが出現したくらゐの時期になる…を飛び越せたか。ザース・アーンが云ふには
「いかなる物質も時間を飛ぶことはできない。しかし、思考は物質ではない。思考は時間を飛ぶことができるのだ。きみの心だって、きみがなにかを思いだそうとするときは、いつもちょっと過去に旅している」
からださうで、少しポエティックな感じもする。
さういふ根拠に諸々の事情が重なつて、貧しく無名の復員兵、ジョン・ゴードンは、恒星間帝國の王子、ザース・アーンと、思考と肉体を交換する。
廿万年後の大帝國は併し、ショール・カンが率ゐる暗黑星雲同盟の巧妙な策略で、密かな危機を迎へてゐた。陰謀に巻き込まれたゴードンに、ピンチは次々と襲ひ、かれは知恵と勇気、そしてちよつとした幸運にも助けられ、それらを切り抜ける。"ザース・アーンの"婚約者(但し政略婚らしい)であるリアンナ王女と共に。
かれの、中央銀河系帝國の運命や、如何に。
ハミルトンは『キャプテン・フューチャー』や『スターウルフ』で、我われを熱狂させた小説家である。現在の目で見れば、構成や描冩は些か古めかしいが、どつしりと安定し、最初から最後まで不安なく讀み進められる。
さうさう。"世界の破壊者"との異名を奉られたこの小説家(短篇『フェッセンデンの宇宙』が象徴的だと思へる)は、本作でもその趣向を忘れず、ディスラプターといふ二千年前にたつた一度、使はれた超兵器を用意してゐる。その威力たるや…いやそこまでは触れまい。今から探すのはちつと、面倒だらうが(手元にあるのは昭和四十四年初版。定価百七十円のやつを古本屋で百円で手に入れた)、巡りあへたら買つて損はしない。クラッシックな宇宙冒険活劇を満喫出來る。