閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

304 チキンカツ

 チキンカツはあんまり見掛けない。マーケットの惣菜賣場に百九十八円(但し消費税は別)で並んでゐるのを見るのが精々で、もしかすると洋食屋だとか定食屋のメニュにもあるのだらうが、記憶に残つてゐなければ、見掛けないのと同じである。

 正直なところ大してうまくない。焼き鳥や親子丼ならうまいのに。治部煮やお雑煮に入つてゐたら嬉しいのに。もつと不思議なのは同じ揚げものでも、唐揚げなら断然飛びつくのに。

 すりやあマーケットのチキンカツなら大して旨くもないさと云へるだらうか。ただマーケットの惣菜でも中々侮れないのはあるし、同じカツでもとんかつならそれなりに喰へるから、チキンがカツに似合はないだけで、マーケットの裏でチキンを揚げるひとが惡いわけではない。

 大体チキンカツをどう食べるのか。ごはんに適ふとは云ひにくく、麺麭やソップとあはせ易いとも云ひ辛い。おやつにするには中途半端で、酒席に出されても何を呑めばいいのか判らない。無いない尽くしでそんなら食べなきやあ済むと思へてくるのだが偶に食べたくなる。なつてくる。そんな時がある。

 ではその食べたくな(つてく)る時がどんな切つ掛けなのか、これも判然としない。たとへば手許不如意の夕方、マーケットで手に取るのは考へられることとして、これは食べたいといふ気持ちなのかといふと、ちよつと違ふ気がする。その辺の分析はさて措き、あのかさついた歯触りや、ぱさぱさした舌触りが、妙に慾しくなることは確かにある。尤もチキンカツをお皿に乗せる時は大体、ウスターソースかぽん酢をたつぷりかけるから、ぱさもかさもあつたものではないが、チキンカツの場合はこの方がうまく感じられる。