閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

928 麦酒と焼賣

 夏は麦酒である。尊敬する内田百閒は、"冬の方が、麦酒の味が締つて美味い"と書いてゐたし、一面の眞實だとも思ふけれど、暑く湿つた夜に呑む麦酒だつて美味い。さういふ夜に呑む麦酒は、さういふ土地の麦酒が望ましい。

 即ちオリオン。

 麦酒の純粋令信奉者は、麦芽とホップと水だけで出來てゐないから、オリオンは好もしくないと云ふにちがひなく、併し麦酒純粋令と蒸し暑い夜のオリオンを較べたら、後者が断然優先されねばならないのが、世界の眞實といふものだ。

 醤油とぽん酢に辛子を溶いたやつで焼賣を平らげ、オリオンをやつつける夜だけは、この國の夏も、惡いものぢやあないなと思ふ。