閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1279 ベイシック・オヴ・ソース焼そば

 饂飩は葱と蒲鉾。

 蕎麦なら葱のみ。

 ラーメンには支那竹と煮豚。

 スパゲッティは削りチーズ。

 饂飩であり蕎麦であり、叉スパゲッティであり、或はラーメンですよと名乗る為、必要最小限の具…ベイシックを考へた結果である。異論と反論の余地は、たつぷりある。その異論反論議論は別の機會を待つとして。不意にソース焼そばのベイシックはどうかと気になつた。

 

 キヤベツ。

 赤ウインナ。

 もやし。

 人参。

 青海苔

 削り節。

 紅生姜。

 

 思ひ浮ぶまま、書き出したけれど…多すぎる。

 樂をする意味で先づ、もやしと人参は落しませう。

 青海苔も必須ではなささうなので落す。

 削り節も同じ理由で落しますね。

 青海苔と削り節の名誉の為に念を押すと、必要最小限ではなささうなだけで、あればソース焼そばが、より豊かになるのは間違ひない。

 紅生姜(厳密に云へば細切りのやつ)は、彩りの面だけではなく、口を変へる意味でも、必要だらう。牛丼に欠かせないのと同じである。

 キヤベツは挙げた時点で、必要だと判つてゐる。歯触りを複雑にし、紅生姜とはちがふ味の変化をもたらせる最良の具ではないかと、私は思つてゐる。

 

 さて赤ウインナが、問題である。

 脂つ気の点から見ると、物足りない。豚肉の切れ端…あぶら身が慾しい気がしなくもない。

 それは炒める油に任せればよく、竹輪や千切り蒟蒻を使へばいい、といふ考へも、一方にはある。

 ただ竹輪や蒟蒻だと、父ちやんが週末に作るお晝ごはんであつて、すりやあ嬉しくて旨いのは勿論なんだが、必要最小限の基本形とは呼びにくい、呼べない。

 「竹輪(乃至蒟蒻)と赤ウインナだったら、大して変らんと思ふがなあ」

うーむ、成る程。だつたら、“赤”が附かないウインナならいいのかなと考へ、それは論点がちがふと思ひなほした。“ちやんとした”の解釈には、広々とした余地があるのは認めつつ、“ちやんとした”ソース焼そば(漠然としてゐるのはその通りである)なら矢張り、豚肉がしつくりくるだらう。それにソースと一緒に焦げた豚肉は、ソース焼そばでないと樂めない。

 

 詰りこの稿の結論としては、キヤベツと豚肉、それから紅生姜の三点が、ソース焼そばのベイシックで、饂飩蕎麦ラーメンスパゲッティの時より、提示される異論反論は少からう。

 後はそんなら、塩焼そばのベイシックは何だらう、といふ疑問が残る。とはいへそれは、この稿の外題からずれる。玉葱と韮と鶏肉の気はされるけれど…まあその辺のあれこれは今夜、麦酒でソース焼そばをやつつけながら、考へてみませうか。