閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1383 春の王の即位

 卯月の朔日は會計年度の始りである。生れてこの方、さうだつた。だから大して気にしもしなかつたけれど、考へてみたら、四月始りはえらく中途半端にも思へる。『国立公文書館ニュース』の第十七號を見ると、以下の事情があつた(閑文字流に少し編輯を施してゐます)

 

https://www.archives.go.jp/naj_news/17/anohi.html

 

[会計年度が初めて制度化された明治2年(1869)は、10月始まり。

西暦を採用した明治6年からは、1月始まり。

明治8年からは、地租の納期にあわせるという目的で、7月始まりになりました]

 

 成る程、コメが経済の基本だつた時代の名残りが、濃厚だつたのだな。それが更に四月へと変更されたのは明治十七年。上記のニュースによると

 

[その頃の日本は、国権強化策から軍事費が激増し、収支の悪化が顕著になっていました。当時の大蔵卿である松方正義は(中略)、次年度の予算の一部を今年度の収入に繰り上げる施策を実施(中略)予算繰り上げによるやりくりの破綻を防ぐため(中略)、会計年度のスタートを7月始まりから4月始まりに法改正したのです]

 

なのださうで、何と云ふか、後進國が無理に背伸びをしてゐる…参考までに云ふと、“大日本帝國は(欧米式の)文明國である”と喧伝する為の鹿鳴館󠄁が、前年に開かれてゐる…憐れさが感じられる。

 

 とは云ふものの、四月一日が“新しい年度の始り”となつて、ほぼ一世紀半。経緯は兎も角、我われの生活に、すつかり馴染んでゐるのは間違ひない。叉それはおほむね春の始りでもあつて、實に具合がよく…ここで、“冬の王と春の王”といふ考へ方を思ひだしたい。

 冬の王は、収穫も収獲も無い餓ゑ、寒さと病ー即ち死を象徴する偽の王。

 その冬の王を攘ひ屠つて來たるのが春の王。暖かさ、芽吹き、田畑と野山と海の恵みー詰り再生と豊穣の象徴である眞の王。

 偽から眞への王位の交替…死と再生のサイクルは、我が國で云へば、彌生の下旬から、卯月の上旬…梅が咲き散り、櫻が咲き誇る頃。そこに年度の始りを配置したのは、新王の即位を言祝ぐ芽出度い感じがされる。尤も上の松方が、さういふ感慨を抱ける人物だつたとは、思へないけれど、よく知らない薩摩人…財政家としては、有能だつたらしい…に就てはまあ、措くとしませう。

 さてその“春の王の即位”は、新年…正月元日と誕生日に並んで、気分の切替へに好適でもある。この手帖も暫く、開店休業の状態だつたけれど、即位を言祝いで、通常の営業ー訂正、更新に戻らう。我が親愛なる(併し数少い)讀者諸嬢諸氏よ、共に祝盃をあげ、春を歓ばうではありませんか。