令和七年は水無月から気温も湿度も高くつて、既にうんざりしてゐる。冷たい麺料理と麦酒が主食となり、それ自体に難は無いけれども(私は公正な男なのだ)、直ぐぬるまると叉、うんざりする。世界に数多い麺料理の中でも、ぬるんだ冷し中華ほど、絶望的にまづい一皿もさうは見当るまい。
とは云へ、気温が卅度を超し、湿度が八十%を下回らない毎日になつても、それだけでは未だ、夏と呼ぶわけにはゆかない…私の場合。
東都中野には、沖縄に縁のあるひとが多くゐる、らしい。地域史は色々あらうし、以前にざつと調べた気もしなくはないが、忘れてしまつたから、知らないのと同じといつておく。とは云へあの町の狭い飲み屋街には、沖縄料理を謳ふ店が少からずある。オリオンビールや泡盛やちやんぷるーを樂むには、恰好と云へる。
例年、文月の終り頃、その中野で、沖縄フェスティバルが催される。名を“チャンプルーフェスタ”、名前のとほり、太鼓や空手の演武披露、ライヴ、かちやーしーの練り歩きが、そこかしこであつて、手を拍ち續けることになる。掌は痛いけれど、足を運んだたれもかれも、笑つてゐるから、何とも佳い気分になる。
「行きますよ」
と云つたのは前年の私で、念を押すと、命令形の行きますよではなく、私は足を運びますよの意味。たれに宣言したかと云へば、ニューナンブ(今さら説明は要らんでせう)の面々に対して。私が足を運ぶのは毎年だから、令和七年が例外になる理由は見当らない。尤も
「但シ本年ハ体調並ビニ天候ニ依ルモノトスル」
さういふ條件附き。心筋梗塞を起した以上、無理を押し通す積りにはなれない。今年の開催は文月十九日土曜日と廿日日曜日。十九日に行かう。そう決めて暦を見ると、その十九日が、土用ノ丑ノ日だと判つた。土用ノ丑ハ鰻食フベシの丑ノ日である。
鰻と云へば、大伴家持の歌が浮んできますね。
石麻呂にわれ物申す 夏痩せに
良しといふ物そ 鰻取り食せ
石麻呂さんよ、鰻は夏痩せに効くさうだから、食べなさいな、くらゐの意味。六つかしくも何ともない。凝つた技法も用ゐてゐないことから、雑談でもしながら、さらつと詠んだにちがひない。その石麻呂は、家持の随分と痩せた友人なのだらう。気らくに揶揄つてゐる。この一首は『萬葉集』に収められてゐるから、鰻は平城京の時代、既に“夏の滋養強壮に適した食べもの”の地位を獲得済みだつたらしい。
成る程、沖縄料理で鰻を扱ふ一品があれば、フェスタと丑ノ日を一ぺんに味はへるわけか。
思ひついたのはいいとして、沖縄…もつと広く、あの島々に鰻料理はあるのだらうか。棲息地域には含まれるらしいんだが、沖縄人の酒席食卓と鰻は、私の中で結びつかない。ひよつとして、蒲焼きといふ調理法と、鰻の相性がよすぎて、南國獨自…正確には蒲焼き以外の、鰻料理が掻き消されたのか、とも想像したくなる。いや鰻料理史は門外だから、實際がどうだつたのかは、さつぱり判らないけれども。
さてフェスタの一週間前、ニューナンブの構成員であるクロスロードG君から、“中野は大丈夫ですか”と確認のメールが送られてきた。足を運ぶ積りなのだ。同じく構成員の頴娃君が素早く、予定に組込み済みと返信してきた。ニューナンブが“チャンプルーフェスタ”で集つたのは、一昨年が初めてだつたが、気に入つてくれたらしい。私も(條件附きではあるけれど)、行く予定ですようと返した。それでは、空の具合を空に任し、からだは我が手で調へねばならない。
晴れた。
更に湿度が(そんなには)、高く感じられず、實に具合がよろしい。午后二時くらゐに落ち合ひませうや、と話は纏つてゐたから、それにあはす積りで家を出た。
會場…中野驛から少し歩く四季の森公園…に入ると、いきなり[残波]の幟が見えた。廿年ほど前、コザで随分とお世話になつた銘柄なので、吸ひ寄せられると、罐入りを賣つてゐた。ソーダ割りとシークァーサー割り。試さない道理は無い。
ソーダ割りを贖つて、久々の残波を樂んでゐたら、クロスロードG君が、續いて頴娃君がやつてきた。二人は[残波]と[南光]を贖つてゐて、乾盃をした。ソーダ割りの味が更に佳くなつたのは、云ふまでもない。

干したらお代りをしたくなるのは人間の常であつて、だからオリオンビールを呑んだ。いやその前に
「まるさん」
聲を掛けられたから、びつくりした。某呑み屋で知つてゐる女の子である。なンで叉、こンなとこにと口走つたけれど、“こンなとこ”にゐるのは、私だつて同じではないか。少し立ち話をして戻つた。
四季の森公園の正面には舞台が置かれ、かちやーしーや、空手の演武、三線のライヴだのが次々、披露されてゐる。目の隅、片耳で樂みながら、莫迦話に花を咲かせた。暑くはあつても、湿度が高くなかつたのは幸ひ。
「貴君、どんたくは如何かね」
頴娃君に訊かれた。ニューナンブで云ふ“どんたく”は、泊りを伴ふ酒宴で、長く實施に到つてゐない。
「行きたくはあるけれど、徒歩で長時間、あちこちと移動をするのは、六つかしからうと思ふですな」
正直に応じると
「そんな無茶は求めないよ貴君」
眞顔で云ひかへされたから、大笑ひになつた。そこで動きやすさを考へるに、生麦…即ち麒麟麦酒社の横濱工場見學はどうだらうと提案したら、クロスロードG君が素早く、あすこのレストランは営業してゐますねと、調べてくれた。見學と試飲と食事と麦酒が一ぺんに樂めるのは、まことに具合がよろしい。
オリオンも干した。お代りを呑まう。
罐入り残波を賣つてゐる屋台に、その残波のカップがあつた。持ち帰る為、カップと罐入りを一本づつ。呑む為のカップを一本贖つたら、二人から
「何と云ふか、ニッチなところだなあ」
呆れられたのか、褒められたのか。

カップ泡盛は要するに水割りである。廿年前の沖縄のマーケットで、当り前に見掛けたし、よく呑みもした。ただ残波のカップは、目にした覚えがない。旨いのは知つてゐるから、心配せずに呑んだ。矢張り、うまい。
さて實はこの辺から、記憶が曖昧になつてゐる。
詰り醉つてきたわけで、陽射しを浴びながら、残波とオリオンビールを呑み續け、醉ひがまはらなければ、その方が嘘といふものでせう。従つて竜頭蛇尾なのは承知しつつ、この稿は終らせねばならない。
夏が來たなと思ひながら帰宅し、鰻を食べてゐないと気がついた。尤も今年の土用ノ丑は、月末にもつぺん、やつてくる。買置きの残波はその時、平らげればいいと考へた。